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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

嫌なヤツ考

つれづれ

職場に嫌なヤツがいまして、いや、私は大概の嫌なヤツを好ましく思うのですけれど、なんともソイツは嫌なヤツで、遭遇するたびに嫌だなー嫌だなーと思ってしまうのです、稲川淳二のように。嫌な人間の嫌なところを観察して愛でる趣味のある私が愛でられない嫌さをもったソイツは他の嫌なヤツとどう違うのかを考えてみました。何故私はソイツの嫌さを愛でられないのだろうか、と。

 

ソイツは糞意地悪で人の失敗をネチネチ言ったり、失敗でもないことにもネチネチ言ったりするのですが、そういうことは私にとってはマイナスどころかプラスで、糞意地の悪さを披露してくれるのはそれを好物としている私には有り難いことなのです。しかしながら、気づきました、ソイツが独り言を言い続ける質であることに。

 

ソイツはその悪意を披露するまでの間の心の動きを喋ってしまっているのです。これはいけません。これは、いけません。意地悪が発生した際のこちらの「来たな!」とワクワクする気持ちを完全に奪う行為です。出し過ぎてはなりません。そろそろ来るか?、まだか?、まだなのか?、はい!来ましたー!みたいなワクワク感をこちらから完全に奪います。ソイツの糞意地悪の発生途中段階を見せられるのはサスペンスの筋をあらかじめ知らされている面白味の無さ、もしくはご馳走を食べる数時間前から数分おきに角砂糖を舐めさせられているような感じです。そうだ、そんな感じなのです。

 

良いものをもっているのに、それを独り言で台無しにしてしまっている惜しさ、そのあたりも勿体なくて嫌です。ソイツが私を呼ぶときに「星野さあん」と言うのですけれど、その余分な「あ」が憎いです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。袈裟は「あ」。