読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

2倍成人式

つれづれ

先日次子の小学校で二分の一成人式(10才祝い)というものがあったせいで、子供たちが私の2倍成人式は何をするのかと問うてきた。算数の授業を毎日受けている脳は「1/2」とくれば「2倍」が当然あるものとして処理するらしい。今年39才になる私の2倍成人式は来年だ。坂道を転げ落ちるように年齢を重ねている私にしたら来年なんてきっとあっと言う間だ。何か考えよう。

 

成人式は言わずと知れた子供と大人の分岐点だ。選挙の投票が18からとかの話もあるが、やはりこちら日本では20才にならないと大人ではない。これは祝うべき節目だな、やっぱり。

二分の一成人式は大して祝うべきものでもないかもしれないけれど、子供時代のターニングポイントではある。親の完全庇護下にある存在から社会の一員としての意識の芽生えやらなんやらかんやら。現実に視野が広がるあたりか、祝っておこうか。

 

さて。私のこれまでの人生をちょちょいと振り返って見ると10才は大した節目ではなかったが、14才が節目だった。今の私の思考傾向の9割9分は14才のころから変わっていない。

そして次の節目は22才か。20才の時にはアメリカにいて、アメリカ(州によって違う)では21才にならないとアルコールを買えなかったのでIDを偽造(犯罪です)したりしていた。なので20才で大人なのに偽らねばならず。日本に帰って大学を出て晴れて大人になった気がした。親に頼らずとも生きていけるのが大人、という認識。

 

その後、結婚して20代は妊娠出産育児をして30代も育児続行で。現在38才にして末子はまだ8才なのでまだまだ育児は続行するのだけれど、二倍成人式には「我、不惑である」などと胸を張って言ってみたい気持ちもあり。

不惑ってか選択肢がそもそも無い、とかそんなことを言うのは言う方も聞く方もしんみりしてしまうのでそれは避けたいところだ。

 

一生に一体仏像を彫ってみたいと以前から思っていたのでそれに向けて修行を始める、とか、欄間職人に憧れた頃があるので修行を始める、とか、古民家のリフォームもやってみたいから物件探しに行ってみる、とか。子育ては子供主体なので「私の人生です!」とは違う気がするので「私の」何かを。アドラー心理学関連を去年いくつか読んだので、その方面の思考で社会に貢献する人間を目指すのもアリか、とかも考えるけれど、まだ二倍成人式にはしばらくあるので不惑間際の惑をしばらく楽しみたいと思います。

 

2倍と聞いて丸八真綿のCMを思い出すのが多分私の同年代。