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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

アメリカのブラウン大学に合格する夢をみた。夢の中の自分は若いころではなく今の自分で、38歳で子供も育てているのに我ながらよく頑張ったじゃないの、と歓喜していた。それなのに夢の中には夫も子供たちも登場せず、私は母に合格を報告して褒めてもらおうとしていた。そして母に「がんばったやん、すごいな」と言われてエヘヘという気分になっていた。

 

目を覚ましてガッカリした。ブラウン大学合格が夢だったからではない。まだ私が母を求めているのか、と思ったからだ。しかしながら夢は夢なので夢で見たからと言って私がまだ母に褒めてもらいたいと思い続けているわけではない、としばらくしてからガッカリすることをやめた。やめたが少し引っかかる。

 

私は学生時代は成績がよく、良い点を取るコツみたいなものを少し知っていたようだ。成績と頭の良さは比例するものではないけれど、成績が良いと褒められた。母に近くにいて欲しいと常に思っていた私は、母に認めてもらうために成績を良くしていた。そうすれば母が近くにいてくれるとでも思っていたのだろうか。子供の努力の方向は間違えがちだし願いは必ずしも叶えられるわけではない。母は近くにいてくれなかった。たくさん褒めてくれたけれど、寂しい気持ちは無くならなかった。

 

まだ引きずっているのかな、乗り越えたと思っていたのだけれど。私の専業主婦願望はそういう過去があったからで、子供のそばにずっといてやろう、それがベストだ、との思い込み。しかしながら、間違ってはならないのは、過去の私が母に一緒に居て欲しかっただけで、我が子たちがそれを望んだわけではない、ということ。私がしたくてしていること。私が専業主婦(今は軽く働いているが)だから子供たちは幸せだとか、満たされているとか、そんな私の影を子供に投射してしまってはならない。