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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

成人式

成人式での一部の若者の振舞いに苦虫を噛み潰したような顔をするテレビの人を毎年見て、私も「まだそんなやつがいるのか」と繰り返し思う。成人式とはそんなに羽目を外したいものなのか、私は成人式に出なかったので雰囲気を知らない。地元の役場から風呂敷やアルバムやボールペンなどの記念品を後日母が受け取ったらしい。

 

我が家はまだ長子が12才なので成人式はまだ先だけれど、2年前に二分の一成人式というものが小学校で行われた。二分の一成人式とは20才の半分までの成長を喜ぶものなのだけれど、世間では賛否あるらしい。家族のあり方が多様な中、生い立ちや親への感謝の手紙などが問題だとか。長子の学年では「わたしのおいたち」という薄い冊子を自作していた。生まれてから3歳までのことなどは親の思い出なので子供がしたり顔で書くのは変な感じがするし、親への感謝の手紙はもらわなかったがもらわなくて良かった。親に本気で感謝をして手紙をしたためる10才なんて薄気味悪く感じてしまう。薄気味悪いというより、遠からぬ死を暗示しているようで酷く嫌だ。そういうことをイメージしてしまう手紙など欲しくない。

 

子供からは感謝されたくはないが、自分は何か記念っぽいことをしてみたくなり、長子が10才になったときにスライドショーを作った。誕生から10才の誕生日までの間の1ヵ月ごとの写真を選び、計120枚が1曲に納まるように、そして曲は長子のイメージに合うものを。作業自体は単純なのだけれど、写真編集など手間がかかった。なかなかのクオリティのものが出来上がって満足していたのだけれど、最近10才になった次子にスライドショーを期待されており、末子も2年後を楽しみにしている。

 

冒頭に「まだそんなやつがいるのか」と書いたのだけれど、成人式は毎年行われ、その出席者は当然順送りである。同じやつが羽目を外し続けているわけではない。我が子も順に10才を迎え、そのスライドショー制作担当は私のみだと気づいて焦って鋭意制作中。