ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ダイエット、もしくは余白を削る作業

職場で、私の年齢の前後10才くらいの範囲の女性たちと話をしたのだけれど、主題はダイエットなどの美容関連。私は美しくもスタイル良くもないし、感心もあまりないのでほぼ聞いていただけなのだけれど、興味深かった。スリムになりたいと言う人は二の腕や頬や腹部を気にしていて、この余分な肉が無ければと言っていた。

小さくまとまることが美しいと感じる美的感覚は私にもある。女子の子供服で言えば、同じデザインでも3歳児サイズは7歳児サイズよりも愛らしい。それは小さいだけではなく、使われているレースやフリル、身頃の丈、襟から肩の縫い合わせまでの距離が小さくまとまっており、ぎっしりと可愛い。箱庭が良いのと似ている。小さいものは美しい、凝縮されていて可愛い。そういうことか。

 

小さくまとまる美しさ。小さきものいとらうたし精神。清少納言の言った通りだ。

余白があることを良しとしないのか。なるほど化粧にしても間延びした素顔に色を加えて整理している。眉で額の領域を明確にし、アイラインで目玉の存在をハッキリさせて、チークで凹凸をつけ、輪郭の縮小効果を狙ってシャドウ。唇を頬と区別させてメリハリ。私も化粧をして外に出るので、決してそういうことを馬鹿にしているわけではないのだけれど、化粧をしない男性を美しいとも思っている。

 

縮小、濃縮の方向の終着点は黒豆だと思った。黒豆、多分女性たちは一粒の黒豆を見ても可愛いと言うと思う。私も言う。黒豆、可愛いよ。そしてある意味その真逆の白熊、9割方余白で出来ているような生き物。それも女性たちは可愛いと言うだろう。私も言う。うん、やっぱり余白も可愛い。余白も良いと言いたかっただけのような気持ちで書き始めたつもりだったのだけれど、なんだか違う感じになっている気がする。まあいいや、つまり余白も良いのだ。美しさは余白が無いことだけではない。