ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

表現する人

私は何かしらを表現している人の状態をいたく好む。変な言い方だけれど。

大体の「表現」とは、言葉、音楽、絵に大別されるだろうか。言葉は音楽とリンクしているかもしれないし、音楽と絵もリンクしているかもしれない。私にとって「表現者」が作品に絡んでいることがとても重要。逆に言えば、表現者が感じられない作品には魅力を感じない。

 

先日、ダンスの公演を見てきた。踊る人はとても魅力的で、私自身は踊られないのだけれど、もし自分があんな風に体を動かせたらと考えるととてつもない羨望を覚える。しかしながら、そのダンサーが自分のダンスに満足していないことを本人から聞いた。それは謙遜かもしれないけれど、まだまだだ、と言っていた。美しく言葉を紡ぐ人、美しく音楽を奏でる人、美しく絵を描く人、それぞれの分野で自分で満足している人は実際は少ないのかもしれないけれど、それでも私はとても羨んでいる。どれもとても出来ないので。

 

「魅力」は受け手の主観なのでそういうものなのかもしれない。かと言って、自分より優れている人すべてに魅力を感じるかと問われるとそうではないと即答する。どこかしらになにかしらの線引きがある。その線はクリアではないけれども。

 

今日の絵。次子がさっきヤモリを室内で逃がした時の恐怖冷めやらずで描いたもの。

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絵の分野での表現者駆け出しです。

 

ちなみに次子は現在ヤモリを5匹くらい、カナヘビを1匹、亀を1匹飼育している。逃走だけはやめて欲しい。踏み潰すことをイメージして卒倒しそうになるから。