ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

PTA、その後

PTAの本部役員を終えて2か月。現役役員(私の後継の人)とお昼ご飯をともにしてきた。

 

ちなみに私たちの代は「PTA頑張る派」からすると立派とは真逆のことをしてきた。仕事内容を縮小・簡素化し、PTA規約の範囲に活動を絞った(よろしければこちら→PTA最終章(だと思いたい) - ひっそりと)。

「子供たちの安全のため」と「地域からの孤立を防ぐ役割」を考えた時、PTAは必要だと私は考える(子供が基本的に外にいない時間の夜間パトロールや、地域懇親会の頻度高い開催などは不要だと思うが)。PTAをまったく必要でない団体だとは言えない。

 

私たちの代の、大袈裟に言うと「改革」によって時勢に見合った形に近づけられたと思っていたけれど、ウチのPTA本部の活動は再びややこしいことになっているらしい。PTAは任意の団体で有志によるものなので、その本部役員を退いた私は進言する立場に無いし、立場があってもその気力が最早無いのだけれど、残念というか、やっぱりというか、そういう感じ。

 

PTAの役に就いても基本的に報酬は無い。少しばかりの「通信費」などは支給されるが時間と労力に見合ったものとしてはゼロに等しい。「子供、親、学校、地域のため」と集まったボランティア団体がなぜこうもうまくいかないのか。少し考えてみた。

 

「損をしたくない」「あわよくば得をしたい」。これに尽きるのではないかと思い至った。これらの感情は大なり小なり誰もがもっているものだと思う、人間だもの(みつを)。

自分がしてきた「しんどいこと」から逃れる人を許したくない、とか、人がしている「楽なこと」は自分もしないと我慢ならない、とか。

ボランティアにはそぐわない感情。その感情を抱く時に「子供、親、学校、地域のため」の大義はほぼ無視されている。

 

結局はボランティアの強制が諸悪の根源だ、と。ポイント制なり、役が決まるまで帰宅できないルールなりは強制でしかないわけで。そういうことの上に成り立っている団体がうまくいくわけが無い。

 

活動内容を精査するのと同時に、小学校入学前に保護者に活動意義と内容を説明して参加者を募る、その上で参加申し込みを受けつける、が正しい流れなのかなと思うけれど、もうどうしようもないのかな。小学校で6年、中学校で3年、それぞれその期間を我慢すれば(もしくは役を逃れ切れば)済む問題なので、変革を望む声が高まりにくいだろうし。

 

 

今日の絵。

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ヒントは両手に持っているもの。