ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

頭の上に柏餅

随分前に新聞の投稿欄か何かで「『トイレで大きい方をした後にはトイレットペーパーで何かしらの折り紙をして大と一緒に流さなければならない。それがトイレの神様への礼儀だ』。このような嘘を我が子に教えている。現在子供は5才。この嘘が我が子にいつまで信じられるのかを見守るのが楽しみ」というものがあった。子供は6才だったかもしれないが、そのような内容だった。奇習だ、これは家庭単位の奇習だ。見守ると書いてあったのだけれど、この親はいつまでも子供の用足しを見るつもりなのか。多少気味悪く感じたが、なかなか楽しい試みだと感心した。

 

幼少の子供は親の言うことを面白いほどに信じるので、このようなことは割とどんなことでも可能だ。逆に言えば滅多なことができないという教訓に繋がるのだろうけれど、私はこの投稿を読んで自分の子供にも何かをしようと思った。しかしながら実際には何も擦りこんでいない。人の親になってからは「なるべく正しく良い人間の姿」を子供に見せようとしてしまい、出鱈目な行動を慎んでしまっていた様子。育児的にはそれが正解に近いのだろうけれども。

 

今日は端午の節句。長子が初節句を迎えてから毎年兜飾りの前の子供を写真に収めている。今年で12回目か。1回目の時には小さな鯉のぼりと柏餅を持たせようとした。季節ものなので全部を盛り込む感じで。赤子だった長子は柏餅も鯉のぼりも持てなかったので、私が傍らで鯉のぼりを持ち、柏餅は長子の頭の上に載せた。

 

それから毎年鯉のぼりと柏餅とともに写真を撮る。次子が生まれてからは次子と長子の2人の写真。鯉のぼりは長子が持った。末子が生まれてからは3人の写真。3人並んでそのうちの誰かが鯉のぼりを持った。柏餅は頭の上。

 

今年も「写真を撮るよー」と声をかけると子供たちは兜飾りの前に並び背筋を伸ばして待つ。その頭上に柏餅をそっと置いていく夫。「じっとしてー」と言いながらシャッターを切る私。子供は柏餅を落とさぬように静止して微笑む。これは我が家の奇習かもしれない。

ゴールデンウィーク中なので、この写真の撮り方について友人と話す機会がないせいか、子供たちは何の疑問も抱いていない様子。

 

このままいくと子供たちもきっとそれぞれの子供の頭の上に柏餅を載せる。楽しみに見守りたい。