ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

迷いの結果

子をもつかどうかを迷っている、と書かれているブログを読み少し考えた。その方は、子が欲しくても得られない人と子が欲しくない人の間あたりに存在する価値観があり、それは子をもつかどうかを迷うあたりだと言っていた。私の読解力が足りているか分からないので引用はしない。引用はそもそもあまり好きではないので、そういうことを言っていた人がいるとしての仮定くらいの感じで話を進めようと思う。

 

子をもつかどうかは多くの人が迷うと思う。多分、パートナーが正解かどうか、現在の世の中と将来の世の中は大丈夫かどうか、金銭的な問題、自分が親として大丈夫かどうか、そのあたりで迷うのだろうと推察する。分かる分かる、そのあたりは結果が明瞭になりにくい判断材料だもの。私と夫は子供が欲しくて出来なくて困って何やかやがあり、そして子をもった。子が欲しいと思っていたのにも関わらず、いざ妊娠して出産という段階になると「大丈夫??」と考えてしまった。子というものは不可逆のもので、いったん親になってしまったら親でなくなることが出来ない。子をよその人に託したとしても「親」であり続けてしまう。もうそれは治ることのない持病のように。

 

冷静に考えて、子をもたない方が楽だと思う。そしてまた結婚しない方が。自分以外を他人とするならば、他人の人生を請け負うのは至極面倒だし、配偶者と子をもつ私でさえ「幸福」と「責任感」を天秤に掛ければ一瞬で「責任感」がガタンと下がるくらいに責任感が重い。自由がどうとか言えば、不自由になる。配偶者を得て不自由、子を得て不自由。まったくこれガンジガラメ。

 

冷静な個人は結婚しないだろう、まして子をもつなんて不自由な選択をしないことが真っ当なことに思えてくる。少子化とかマクロの話は置いておいて、ミクロの個人の話で言えばこれが正解だろう、とも。

 

マクロもミクロもどうでもいい、子がどうしても欲しいんだ、先のこと?なにそれ美味しいの?くらいの判断力にまで鈍ったら子をもつことになる。そんな感じで親になってしまっているのかもしれない、他の人がどういうふうに親になっているのかは知らないが。

 

子はテレビみたいなものか。もしくはインターネット。便利だよー良いよー楽しいよーみたいに唆されて手にしたもののもう離せなくなってしまった、壊れたり調子が悪くなれば心配してメンテナンスに出すし、みたいな。

 

「本能」で片づけられれば良いかもしれないことだけれども、本能だけじゃないよね、一時の迷走だとしても子が欲しいと判断しちゃった理性と本能とその他ごちゃごちゃの結果に子をもつに至ったんだよねーという説明し難いものをちょっと書いてみたくなりました。結果テレビやらインターネット。トホホな結果。