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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

座椅子

つれづれ

我が家のリビングにはダイニングテーブルとコタツがある。コタツを所持するか否かはオシャレに生きるか否かの分岐の最たるものかもしれない。オシャレな人でコタツを持っている人は極稀だと思うし、オシャレな人が持っていそうなコタツを想像できない。コタツにオシャレを求めれば求めるほどオシャレからかけ離れる。コタツとはそういうものだと思う。しかしながらコタツは暖房器具としては優秀だし、コタツの無い冬は心もとないと思う。コタツコタツと言い過ぎて今コタツが私の中でゲシュタルト崩壊してしまっている。コタツがタツコになっても私は気づかないやもしれない。オシャレなコタツは無いけれどオシャレなタツコはあると思う、合ってるよね?

 

そしてオシャレではない我が家にはコタツがあり、私と夫は座椅子を使う。座椅子は腰に良くないらしいがコタツに座椅子は至福のセットなので腰を痛めつけてでさえ必要なアイテムなのだ。先日その必須アイテムが壊れたので、今日新しいものを買いに出掛けた。私の座椅子はボロになったけれど壊れてはおらず、夫の座椅子が壊滅状態になっていた。うまく説明できないけれど、壊れた座椅子は真っ白になった矢吹ジョーを想起させた。最早使えない感があった。

 

ホームセンター兼家具屋みたいな店舗に行った。コタツがオシャレになり得ないのと同等に座椅子もオシャレになり得ない。私も夫もオシャレではないので、シンプルで小型のものであれば何でも良かった。一番小さい焦げ茶色のものにした。私も新しい座椅子が欲しかったのでふたつ買った。そんな買い物をして「座椅子theイス」とか言いながら駐車場に停めていた車に戻ったら若い夫婦が私たちの車を見て「やっぱりコレ格好いいよなー」と眺めていた。今どきの若い夫婦が憧れるような車に乗っているのが座椅子を抱えた夫婦で大変申し訳ない気分になった。コタツまで所持しているし。

 

コタツやら座椅子やら非オシャレアイテムと馴染み切った生活を営んでいるけれどちょっと格好良い車に乗っていますよ、というまさかの自慢で終わる日曜夜の記事。