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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

船場 2

思い出

続きです。

 

祖母は中華料理店で仕事を見つけた。中華料理店を辞めてからは「大阪プレス」という会社に勤めた。退職してからも大阪プレスの人たちと祖母は親しくしていたらしく、祖母は「大阪プレス」という会社名をよく口にしていた。そして祖母宅には「大阪プレス」と印刷されたタオルが大量にあった。

祖父が散財する一方で祖母は堅実に貯金をして私たち孫にランドセル(ララちゃんランドセルだった)や自転車やピアノを買ってくれたり、私の父から田舎の一戸建てを買い取ったりしていたので感心する。

 

母と妹が学生の頃、妹が新興宗教に入信した。そして祖父と祖母も入信した。この辺りの話は以前書いた通り(宗教による疎遠)。祖母は熱心な信者で、早朝と夕方に「勤行」を1時間以上ずつしていたのをよく覚えている。祖父の葬儀はその新興宗教に則って行われた。祖母は祖父の悪行をよく話していたので私はすっかり祖母が祖父を嫌っていると思い込んでいたが、火葬する前の棺の中の祖父に「いいところへ行きなはれや」と最後の言葉を涙ながらに掛けていた時に私の思い込みが違っていたことを知った。

 

祖母は事故で亡くなったのだが、新聞には「〇〇村でバラバラ轢死。△△さんと身元判明。所持品の蝋燭と大根などが周囲に散らばっていた」と書かれていた。私は祖母を轢いたトラックの運転手を憎み、同程度に記事を書いた新聞記者を憎んだ。

 

私は小学2年生の頃から2年間くらい祖母に面倒を見てもらったのだが、祖母は大阪大空襲の時にゴロゴロと死体が転がる道を歩いた話をしてくれたり、母が父と結婚する前に別の男性と泊りで出掛けたことがあることを話してくれたり(母に訊ねても断固否定していたが、きっと祖母の言っていたことが真実なのだと確信している)、そして何よりも賭け事を憎む気持ちを繰り返し私に話して聞かせた。

 

そして私は賭け事は人間を根底から不幸にするものだと深く深く信じるようになった。夫と付き合っていた際、私はもちろん夫に賭け事を心底恐いと思っていることを話した。それを受けて夫が「大学の頃には麻雀とスロットをしていたけど、もうしないよ。もう学生じゃないし」と言った時には心にトゲのような波が打った。幸せな気持ちの底に言い知れない黒い影を感じた。

 

また続きます。