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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

明日は大晦日、次子の誕生日

つれづれ

明日、次子は9才になる。大晦日が誕生日なのだ。

 

私としては大晦日は一年のうちで一番好きな日と言ってもいいかもしれない。みんなソワソワとイソイソとしている、家も店も街も空気が違う。翌日に元日を控え、遠足の前日の心理状態に国民全員がなっているような気持ちの良い緊張感がある。日付が変わった途端に元日の晴れやかな、そして緩やかな時間になる。グルグル回り続ける地球、宇宙から見たらささやかなポイント、その地球の中の日本の時間での日付が変わるだけのポイント。そのポイントが重要な意味を持ってしまう大晦日。特別で素敵だ。

 

次子の誕生日が大晦日だと人に言うと、「凄いね」「忙しい時に…」「ってことは大晦日に出産したんだね」などと言われる。「ふうん」で済まされることは無い。ちょっと大変な日に出産した感じになる。約365人に1人は大晦日生まれなのにね。

 

次子を出産した時は当然長子がいた。夫の年末年始休み中だったのだけれど、私の母が私の入院中と退院後の手伝いのために関東まで来てくれた。里帰り出産はハナから考えていなかったけれど、母の手伝いがあって助かったのは言うまでもない。母が関東に来てくれている間、父は関西で1人だった。母を女中のように扱う父は母の不在が不便だったらしい。特に正月期間だったので余計に不便だったのだろう。私が退院してほどなくして父から電話があった。「お前は自分の都合でいつまでアイツをそっちに留めるつもりやねん。こっちの生活もあるんやぞ」と怒声で。

キサマ!!と思った。退院直後の私と生まれたての次子と次子の誕生を喜ぶ母の晴れやかな空気を一撃で壊滅状態にされた。

 

翌日、母には父のもとに帰ってもらった。退院直後でどんなに大変でも、父から電話で罵声を浴び続けるよりはマシ。産後のホルモンのバランスとかのせいか、少し泣いたけれど。育児が大変だったからではなく、父からそのような状況でそのような電話をされたことに対して。

 

末子出産の時には夫の両親に長子と次子を預かってもらった。それでも退院後すぐ長子と次子を引き取った。夫の両親は私の父とは次元の違うような「普通」の人たちだけれど、自分の子供は自分で見なければと次子の出産の時に実父によって懲りさせられたので。「祖父母自身のお楽しみ」部門以外の孫の世話を任せる気にはなれないようになった。

 

喜ばしい次子の誕生日のことを書こうと思ったのに、今日も暗い内容になってしまった…。読んでくれている方、ごめんなさい。明日には明るい内容を少し書いて書き納めしたいと思います。