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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ゴキブリの卵

思い出

今日、我が家の大掃除が終わりました。ほぼ1ヵ月かけて家中を掃除したので最初に拭いた辺りはホコリが溜まり始めているかもしれませんが、そのあたりは「もう大掃除として拭いた」という事実を抱えて前進のみをしてきました。そして今日、年末大掃除終了です。

 

以前から書いていますが、私は少し潔癖気味で徹底的に掃除をしたい質です。「ほどほどに適当」がベストだと思いますし、それを実践できる人を羨ましく思うことはしばしばあるのですが、私の性分としてそれが出来ないので「1ヵ月かけて徹底的に大掃除」になってしまうのです。

 

私の生家は汚宅でした。それはもう完全なる汚宅で、1人暮らし女子汚宅住まいがたまにドキュメンタリータッチで放送されていますが、それの5人家族バージョンと言っても差支えないくらいの汚宅でした。洗濯物もあらゆる物品もすべて「層」で形成されている様相でした。

 

私が中学、高校の時には私(と下の姉)が年末の大掃除を担っていました。母は片づけられない質の上、フルで仕事をしていたので私(と下の姉)の冬休みは大掃除に充てられました。母の希望ではありません、私と姉の自発的で自然な清潔への欲求への結果です。

 

その時期、大量のゴキブリの卵を見ました、捨てました。ゴキブリ色の卵です、端にはジッパーのような刻みが入っていました。もしかすると一般的なゴキブリの卵と違っていたのかもしれませんが、我が家にあったゴキブリの卵は端にジッパーのような刻み模様がありました。それが、キッチンの下部の収納にわんさかとありました、捨てました。

 

関西でも冬季は寒冷の土地だったのでゴキブリとネズミは住みにくい地域だったはずですが、ネズミもゴキブリもいました、繁殖していました。ゴキブリにはホウ酸団子を仕掛け、ネズミには殺鼠剤を仕掛けていました。殺鼠剤で弱ったネズミを父は素手で叩いて殺していました。私は知らずに背中で圧死させたことがあります。ネズミをです、哺乳類をです、背中で圧死させました。忘れられない思い出です。

 

私が両親と同居していたのはわずか18年。色々ありました。生まれてから18年のその後の人生への影響力よ…。また祖母の話も書きたいと思います。ニーズは無くとも、私が祖母から受けた影響は大きいので文字にしてみたいな、と思っているところなので。そもそもここのブログはそういったハケグチとして設けたモノなので。

 

ゴキブリの卵は、今年の我が家の大掃除でも出てきませんでした。

 

これが私のブログ納めかもしれませんし、そうでないかもしれません。とりあえず、皆さま、良いお年を。楽しい年末年始を。