ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

理想論

「末子の所有物が取られた件」の続きです。

 

性善説性悪説、どちらが本当かみたいな説だけれど、悪を知って善を知る、善を知って悪を知る、どちらもごちゃ混ぜになって成長していくものだと私は思うのです。

 

末子の担任は「悪を罰す」の意志を持っている方らしく、「断固追究します」の気持ちを話してくれました。私は自分自身が「良い子」では無かったことから「悪を罰す」で終わってしまうことが心配でした(相手に過去の自分を投影)。誰でも悪いことをするし良いこともします、どちらでもないこともします。どんなことをした(してしまった)としても、誰でもそこから成長出来ることを子供たちには信じて欲しい(自分も信じたい)、と思いました。しかしながら私は教育者では無い、ただの母親なので「末子は許している」という気持しか担任に話すことが出来ませんでした。

 

世の中には許しがたいことも多々あるし、そんな時には許さなくてもいいと思います。なんでもかんでも許してしまうと悪が助長することになる、とも。

 

しかしながら今回は、末子が「これからも仲良くしたい。〇〇ちゃんが嫌なことをしたのは今回だけ」と言うのです。末子がすでに許しているのに私が「許さない」と憤るのも変なこと。

 

私と担任が話した翌日に相手の母親から電話がありました。「うちの子が…申し訳ありません…!私自身、ショックで…」という悲痛な母親の声でした。多分、担任が末子のためを思って強く言ってくれたのだと思います。それはとても有り難いですが、追い詰めるのはとても嫌でした。子供同士、お互い楽しい思いと嫌な思いを経験し合って、それらの経験からたくさん学ぶだろうと思いますので、その一部分を取って被害者加害者に分かれたくないな、と思いました。

 

末子が今回のことを「どうしても嫌」と言うのなら私も末子の味方になったと思うのですが、今回は末子は「仲良くしたい」と言っています(当初は「嫌なことされたー」の報告だったのですが、話したらスッキリしたらしく、「〇〇ちゃんが大好き」に方向転換しました)。私は相手の母親に末子の言っていたことを伝えました。相手の母親は少しだけ安心したような、それでも「これからきちんと言って聞かせます」の意志を示してくれて電話は終わりました。

 

私は〇〇ちゃんを知っているわけでは無いので、末子の意志に従うかたちになりました。でも逆に私が末子なら…と考えると、もし自分のものを取られたら…と想像すると、「あいつは結局そういうやつなんだ」と思ってしまうと思うのです。私は器が小さいです。

 

人の良いところを見て生きていければいいな、と思いました。もちろん世の中そういうわけにいくことばかりでは無いのは重々承知しているのですが…でもなるべく出来るだけ。