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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ぎっちょ

私は生まれつきの左利きなので大体のことを左手で行う。ペンは矯正されたので右で使う(左でも大丈夫)、箸は矯正されたが左で使う(右でも大丈夫)。

 

小学校入学前に絵を描いていたら父親に「左手で色鉛筆を持つな。これから右だけで描け」と言われた。食事中にも「右で箸を持て」と言われた。それから「左は良くない手」と漠然と思うようになった。左のように思うままに操れない右手を酷使する日々。それでも毎日右手を使っていれば右手もなかなかいうことをきくようになった。

 

左手を封じて右手で絵を描き、文字を書く。右利きの人が当たり前でやっていることを自分が出来るようになったことが誇らしい気分だった。でも誰も見ていないときには左手を使った。その方がキレイに書ける(描ける)し、早かった。

 

ペンと箸は使用頻度が高いので右を使うことに慣れたが、ハサミやボール投げやその他の動作は左優位のままだった。

Leftys

私が左手を使っているところを見かけた人の中に「君は『ぎっちょ』か」と言う人があった(多くの人は「左利きか」と言ったが)。「ぎっちょ」と言う人は押し並べて蔑む物言いをした。「左利き」と言う人の中には「器用だね」というプラス意識を込めてくれる人もいた。

 

小5から始まった家庭科の教員は「ぎっちょ=躾がなっていない」という価値観をもっている人だった。初めの裁縫の時間には運針を習った。左手で針を持つ私を見てその教員は「ぎっちょは駄目。右手で針を持ちなさい。でも、あなたは右手では時間内に出来ないでしょう。自宅に持ち帰ってやってきなさい。私が見ていないからといって左手でするのは駄目ですよ。布と糸の状態で私には右手でやったか左手でやったか分かりますからね」と。

 

とてもとても辛かった。裁縫が大好きだったので今までは左手で針を持っていた。右手で針を持つなんて恐い。まっすぐ持てない。思ったところに刺さらない。左手もどのように布を運べばいいのか分からない。

どうしても出来ないので、布を上下逆に持って左手で運針した。とても後ろめたい気持ちだったけれど、課題を綺麗に仕上げたい気持ちに負けて左手を使った。

 

その教員は調理実習の際、包丁を持つ時でも右を強要してきた。本当に恐かった。怪我をする!と思いながらも右手で包丁を持った。先生にみんなの前で「ぎっちょ」と非難されるより、不器用な奴でいたかった。

 

中学校に進学し、そこの家庭科の教員は左利きを蔑視しなかった。変てこなパーマのヘアスタイルだったので「ピラミッドばばあ」とあだ名されていた。左手で自由に針も包丁も使わせてくれた。ありがとう、ピラミッドばばあ。

 

大学の社会学の卒論で私はテーマを「社会における左利き」に定めた。その時初めて人類の10人に約1人が左利きであることを知った。10%もいるのに疎外されすぎ!と思ったけれど、卒論にふさわしくないので私の気持ちはそっとしておいた。