ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

仮病を使う子供

小学生の時にしょっちゅう仮病を使った。もともと病弱どころかかなりの健康な子供だったが、「頭が痛い」「お腹が痛い」「気分が悪い」と色んな理由をつけて保健室へ行った(「お腹が痛い」以外は熱を測られるので高学年になるにつれ「お腹が痛い」を常用した)。

 

熱は無くても「でも頭が痛い」と訴え続け、保健室の先生から「じゃあ、お母さんに迎えに来てもらう?」の一言が出てくるまでねばった。

母はバスで仕事先に通っていたので迎えに来るまで1時間以上かかった。それでも良かった。来て欲しかった。母の仕事の邪魔をしていることは分かっていたし、申し訳ない気持ちもあったけれど仮病を使うことはやめられなかった。

 alone

母は自分が仕事をしたい理由や、仕事をしてお金を稼いで子供たちの学資にするという目的を一切話してくれなかった。話してくれていたら子供でも理解したはずだと今なら思う。母の真っ当な理由を知らない私は自分を捨て子のように感じ、母が迎えに来てくれることで一時的に満たされた。

 

母は相手を納得させようとしない(出来ない)人だった。状況を説明したり、了解を得たり、そういうことが苦手らしくその場しのぎの適当な嘘をついた。「仕事はもうすぐやめる」「あなたが5年生になったらやめる」「車のローンが終わったらやめる」と言われ全部信じて楽しみに待ち、全部裏切られた。

 

しかしながら、愛情を伝える言葉は惜しみなく使ってくれた。「3人目を産むことは経済的なことで迷ったけど、あなたを産んで良かった」とか「大好き」とか「あなたがいてくれて嬉しい」とか。抱きしめられた。抱きしめて私の髪を噛んだ(多分母の愛情表現)。「くっつんこ」と言って頬をくっつけてくることもあった。

 

愛されているのは分かっていたのに、なぜ仮病を使ったのだろう…。なぜあんなにも母を必要としたのだろう…。母が仕事をする真っ当な理由を私に納得させてくれていたら仮病を使わなかったのかな。それも分からない。

 

母は穴埋めとして、ゲームボーイを買ってくれた。映画(仔猫物語)に連れて行ってくれた。中学生になってから海遊館に連れて行ってくれた。しかしながら私の心の穴は母の存在以外では埋まらなかった。

 

母のためにも自分のためにも仮病なんか使わずに、仕事をしている母を尊敬する子供でありたかった。