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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

育児が一番大変だったとき

思い出

長子が4才(幼稚園年中)、次子が2才、末子が0才(生まれたて)のときが一番大変だった(これから未知の思春期が控えているので、今までのところで)。周囲からも「大変でしょう」とよく言われた。本当に大変だった。

 

朝9時に幼稚園に長子を送っていくまでの朝の支度はバタバタだったので、仕事が多忙な夫もその時期には出社時間を遅らせてくれていた。夕食と入浴と寝かしつけもバタバタはバタバタだったけれど、それは登園時間のように守らなければならない時間が無いので夫の手助けを大して必要としなかった。ま、夫がその時間にいてくれる時はとても楽だったことは言うまでもないけれど。

baby socks

幼稚園に長子を送っていく際、長子と次子を両手に繋ぎ、末子をスリングで抱えて歩いた。次子はイヤイヤ期真っただ中だった。

ある日、次子は靴下を履くのを物凄く嫌がった。私も変に意地になってしまって、「靴下を履かなかったら留守番しなさい!」となってしまった。次子は泣いている。「靴下いやー!」と言いながら、もう本人も何が嫌で何がしたいのか分からなくなってしまっていて、泣いて喚くのみ。もうそうなると私が「靴下履かなくていいから靴履いて」と言っても「留守番しとく?すぐ帰ってくるから」と言ってももうダメ。

 

時間は過ぎていき、登園時間が過ぎていく。仕方が無いので「留守番してて。さっさと行って帰ってくるから」と次子を置いて玄関の鍵を閉めて幼稚園に向かった。長子と手を繋いで、末子をスリングで抱えて。実際幼稚園へは子供と一緒に歩いて10分弱、帰りは5分弱。大急ぎなら留守番させてもいいと思った。思ってしまった。

 

長子を幼稚園に預けて小走りで自宅へ戻る。自宅まであと少しのところで向かいから歩いてくる小さな小さな女の子に気づく。次子だ。泣いたあとが顔に残っているけれど、晴れ晴れしたような、冒険を楽しむような気配の次子。

自宅の鍵を開け(この時が初めて)、道路を一人で歩いてきた次子。私は内臓がすべて消えてしまったような感覚に襲われながらも、無事で良かった無事でよかった無事で良かった!!!と泣いた。

 

自分の変な意地が次子を追い詰めた結果、2才児に一人歩きをさせるという危険に至ってしまった。無事に安堵したあとは後悔に泣いた。

その出来事が私の「大変な育児」の分岐点だったかもしれない。子供が無事なら他はどうでもいいじゃない、と。

 

1人で歩いてきた次子は靴下を履いていた。