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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ライ麦畑で捕まえ手

つれづれ

「名作」、「これは読んでおけ」との評が多い「ライ麦畑でつかまえて」を初めて読んだのは中学生2年生の時だったと思う。

 

内容を一言でいえば「15歳前後(多分)の少年の成長期における葛藤」だ。

中学生が読んだら良い塩梅に共感できそうに思えるけれど、まったく響かなかった。こんな内容のどこが良いのか疑問のみが残った。

そして高校生になってから再び読んだ。面白くないのは分かっていたけれど、評価されている図書なのでやっぱりもう一回読んでみよう、と。面白かった。これは名作だと思った。

 

この数年に私に何があったのか。ある種の本は読む年齢によって感想が大きく違うことがあるけれど、ライ麦ほどの差は他に経験したことが無い。数年で私は幾分成長しただろうけれど。

何故だろうと思っていたけれど、それが分かった。

_BRK9361 the catcher in the rye

タイトルだ。タイトルがマズいのだ。

The Catcher in the Rye」を「ライ麦畑でつかまえて」。翻訳者が「catcher」を「捕手→捕まえ手→つかまえて」にしたらしく、その翻訳を評価する声も多い。

 

が、中学生女子からすると、このタイトルでは「ライ麦という種類の背の高い麦が生い茂る畑の中をきゃあきゃあ言い合いながら男女が追いかけっこをする」という情景しか浮かばない。そんな情景を心にもちながらニキビ面少年(イメージ)の不平たらしい物言いの文章を読むなんて間違っているにもほどがある。

分かっている人にはオッケーなタイトルでも、初読には誤解をさせること間違いなしだ。私が2度目に読んだ時には「そんな内容じゃない」と分かっていたので純粋に読むことが出来た(というかむしろ面白くないものを読む気でいたのでマイナスからのプラスでよりプラス分が大きかった)。

 

ここまで書いて20年振りくらいにまた読みたい気持ちになった。村上春樹訳のものも出ているらしい。タイトルは和訳されずに「The Catcher in the Rye」のままらしいけれど、きっと村上訳のものは完全に村上の世界に仕上がってそうでそれはそれで嫌だな。