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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

子を譲る

私の父は戸籍上三男なのだが、長男は母の連れ子だったので跡取り対象外だったらしい。次男が実質跡取りだったが次男は恋愛の末婿養子に入ってしまった。そういう経緯で私の父が跡取りになった。ところが、父の父(私の祖父)が期待の跡取り(次男)が婿養子に入ってしまうという顛末にガックリきてしまい、家系存続に絶望してしまった。自暴自棄状態。絶望の結果、当時高校3年生だった父は大学に行かせてもらえなかった。父は当時の九州大学に入学するのに十分な学力があり九大に進学すると決心していたけれど、それが叶わなかった。

 

父は18歳で人生に挫折した。もっと勉強がしたかった、と私たち姉妹にも言っていた。父は次兄(婿養子に入ってしまった次男)を心底恨んでいた。

 

18歳にして父は根っこからひねくれてしまった。自分はもっと優秀なのにそうでない人たちと同じく就職する屈辱感。「大学には行かせない」と言った父親から家督を継ぐことを押し付けられたけれどそれを甘んじて受けられなかった。ねじまがってしまったのだろう。大阪に出て就職をした。

 

父のこの部分はとても可哀想に思う。ほかに大学に通う方法はあったのでは、と思うけれど父も破れかぶれになってしまっていたのだろう。次男の婿養子入りで祖父が絶望、大学に行けずに父が絶望(メンタル弱いな…)。

 

父は家督を継ぐあたりのことを嫌悪した。母と結婚し、父は本心では男子を望んでいたにも関わらず、男子を望まなかった。「継ぐべき家ではない」と思うのに「継ぐのは自分だ」という意識も捨てられず。

 

第二子を母が身ごもった時、父は「次の子が男の子だったらお前にくれてやる」と同僚に約束した。うちに男子は不要だから、と。同僚は子供に恵まれずに養子を望んでいた夫婦なので本気の約束だった。身ごもっている母には一切の了承を得ず、次子が男子なら他所に渡すとの約束。

 

第二子は女子だった。それが私の二番目の姉だ。相手の希望が男子だったので子供の譲渡は行われなかった。

 

なぜ第三子である私がこの詳細を知っているか。それは父が酒を飲んで何度も何度も話していたからだ。姉たちも当然聞いていた。二番目の姉はさぞかし辛かったと思う。小さい子供が「お前はよそにやる子供だった」と聞かされるなんて…。父はその話をするとき「お前が女子で良かった」といった類いのフォローを一切しなかった。さも面白い話をするかのようにその話を何度もしていた。何も面白くない。

 

我が子をよそにやると本気で考える父。有り得ない。

まあ、この件の他にも私たち姉妹の心を深く傷つけた発言は枚挙にいとまない。

 

父は頭が良い。遺伝なのか環境なのかとにかく父とそのキョウダイは全員頭脳明晰だった。私は父 が36歳の時の子供なのだが、私が知る限りでも国家資格を幾種も受験し全て合格していた。そしてそれらのための勉強をしているところをほとんど見たことが無い。在宅時は酩酊状態が常だったので勤務先の休憩時間にでも勉強していたのだろう。とても頭が良い人なのだと思う。

 

頭が良くても、人間として、親としては最低だ。頭が良いことなんて本当にどうでもいい。