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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ペンションな夕べ

実家にはピアノがあり、それはグランドピアノではなくアップライトピアノという省スペースの一般家庭向きのピアノで、母方の祖母が私たち姉妹に買い与えてくれたものだ。黒地に金色のYAMAHAの文字が美しかった。50万円以上の品だと聞かされた。相場の知識も金銭感覚も無い子供に50万円と言われても、そうかとしか言いようも考えようも無かった。

Miniature silver upright piano (open)
そのピアノのために毎年春に調律師に来てもらっていた。調律師が仕事をしている間は物音を立ててはならないと言いつけられていたので呼吸さえ浅く抑えていた。調律師が作業しながらポーンポーンと鍵盤を弾いているのを眺めていたが私には音の違いも何も分からず、まじないやらの儀式めいた作業に思えた。クライマックス的な物事も無く、調律師が道具を片付け始めると「終わりかな」とそれもまた息を潜めて眺めながら考えていた。
 調律師が帰ったあとには決まって試し弾きをしたが、やはり調律前と後に違いなど見つけられなかった。
 
決して裕福では無かった我が家においてピアノは格段に特別待遇を受けていた品だと思う。汚い家ながら、ピアノには季節に応じたカバーが掛けられていた。冬にはベルベット、夏にはレース。学校の制服の衣替えと前後して取り替えられていたと思う。しかしながら私がピアノを弾かなくなったあたりからベルベットからレースに取り換えられることは無くなった。
 
そのピアノは私たち姉妹にとっては団欒の象徴だったかもしれない。誰かがピアノを弾き始めれば皆で歌う。大抵学校の愛唱歌集が楽譜として用いられた。上のパートと下のパートに分かれてハーモニーを楽しんだ。まるでペンションの夕べのような、姉妹の微笑ましさを絵に描いたようなひとときがそこにはあった。
 
仕事を終えて帰宅した父親が駐車する音が聞こえるまでの団欒。ピアノと歌声のハーモニーを強制終了して姉妹は二階へ駆け上る。父の帰宅とはそういうものだった。