ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ベビーカー

ベビーカーについて白熱した議論が繰り広げられていることを遅ればせながら知った。内容よりも「ベビーカー女子」という表現に違和感を抱いた。女子??と。子供(女児)がおもちゃのベビーカーを押している姿が初めに浮かんだ。ま、女子は女性の意だから別に構わないと言えば構わないのだが。

Sepia Grunge Sign - Baby Stroller

私の思うところはきっと他の方がすでに述べていると思うので割愛。思い出したことでも書いてみようか、と。

 

子供たちの幼児期、ベビーカーを2台使った。初めて赤子をベビーカーに載せたときは可愛らしさに震えた。なんと愛らしい!小さなスペースなのにまだ余っている…小さくて愛らしい我が子!と。

 

ベビーカーを押しているということは、その愛らしくか弱い生き物を前面に出して歩くことになるのでとても恐かった。曲がり角や見通しの悪いところを歩く時、自分より先にベビーカー(愛息入り)を進めることになる。何かにぶつかるとすれば私より前面にあるベビーカーがぶつかることになる。恐かったので初めのうちはきちんと確認していた。が、何事にも慢心は起きる。さすがに自動車とぶつかる危険があるようなところでは注意し続けていたけれど、そうでなければ割合ぞんざいにベビーカーを押すようになった。

少し砂利のある道をベビーカーを押して歩いていた時、つんのめって赤子が垂直になるほどにバランスを崩したことを思い出した。ベルトをしていたので赤子を落とすことはなかったが、かなり危険な状態になりとても焦った。

 

赤子を危険におとしいれるのはベビーカーだけではない。おんぶ紐ではもっと危険なことをしたことがある。自宅で赤子を背負いながら家事をしていた際、自分の身の幅(プラス赤子)と許される空間の目測を誤って壁(角)に赤子をぶつけてしまったことが数度ある。背負った赤子が眠って傾いていた時などは危険度が増す。

 

我が家の長子はなかなか大変な赤子だった。抱っこしていないと泣くし、ベッドに置くとすぐ起きた、そして泣いた。やむなく腹の上に載せて寝かせ、私も寝た。夫も同じように腹の上に寝かせていた。どんどん身長が伸びて私の(夫の)喉に頭がグリグリ押し付けられるようになっても腹の上で寝かせ続けた。長子のお陰で私も夫もすっかり寝相が良くなった。

 

夫婦ともに朦朧とするほど息子の寝かせつけには毎晩悪戦苦闘した。その朦朧とした頭で「私の10倍ほどの体重、3倍ほどの身長の巨人に抱っこされて寝かされたい。巨大なベビーカーに載せて欲しい」と夢想したものだ。長子は2004年アテネオリンピックの年に生まれた。競技をテレビで見ながら夫と10分交代で長子を抱っこしていた。「2008年の北京ではもう抱っこしてないよな…」とか「2012年は一緒に楽しめるよな…」とか言いながら。

 

あの永遠のように続くかと思われた寝かせつけも遠い昔の話(次子と末子はよく寝る赤子だった)。ベビーカーもおんぶ紐も捨ててしまった。スリングは残してあるかもしれない。思い出話でした。