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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

読む本を選ぶ

つれづれ 思い出

私はインドア派なので趣味と言えばモノづくりとゲームと読書。

 

暇な時間があれば(専業主婦なので割とある)パン、お菓子、洋服、消しゴムハンコ、アクセサリーなどを作る。書き出してみると「女子力高めな趣味」みたいだけれど私はただモノを作るのが好きなので本当はプラモデルも作ってみたいしディアゴスティーニの城にも手を出してみたい。しかしながら置き場所に困るのでまだ手を出していないといったところ。

 

ゲームは今はスマッシュブラザーズ。友達がいなくてもインターネット対戦できるらしいのでよろしい。まだ顔を知らぬ人とは対戦していないけれど。

 

そして読書。

私は一冊読んで気に入った作者の作品を次から次へと読み漁ってしまい、最初は好んだその作者の表現する雰囲気に食傷して「もう飽きたよ…」となる良くない読者なのだ。もちろん何度読んでも好きな作者もいるけれど、なるべくバラバラな作者の本を読むようにしている。

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読む本は他者のブログや雑誌などで紹介されていたものを選ぶこともあるけれど、小学、中学、高校の国語(現国、古文も)の教科書に載っていたものを読み返すのもなかなか感慨深い。教科書では抜粋掲載されていたものの全文を読むと印象が違っていたり、読み手(私)が子供から大人になっているので読後感がまったく違うものになっていたりする。

 

最近読んだのは吉行淳之介の「童謡」。タイトルも作者も覚えていなかったけれど、本文中で覚えていた語句をインターネットで検索して見つかった。確か、「病気 布団の世界 体重 教科書」で検索したと思う。ちなみにもっと前に読み返した大岡昇平の「靴の話」は「袴下の腿のあたりが濡れていた。小便失禁である。」という部分しか鮮明に思い出せなかったので検索に苦戦した。

 

吉行淳之介の「童謡」が載っていたのは高校の時の現国の教科書だ。席順で一人2,3文ずつ音読していた授業風景を思い出した。

関西では関西弁のイントネーションのまま音読するのが普通で、放送部員や気取った感じの生徒くらいしか標準語のイントネーションでは音読しなかった(少なくとも私の小中高ではそうだった)。瀬川君という名の放送部員でもなく気取ってもいない男子生徒が音読する部分に「また来ますわ」という部分があった。標準語のイントネーションで読むと完全に女性の発言だけれど、関西弁のイントネーションで読むと途端にナニワのオッサンになってしまう。「ほな、また来ますわ」みたいに。

 

おまけの記憶までついてくることもあるので国語の教科書掲載作品を読むのは楽しい。