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ひっそりと

いろいろ思うところをつらつらとつれづれに書いてみようかと。Qka_hsrt☆yahoo.co.jp

ゴルフクラブを振り回す父

思い出

私の子供時代、母は優しくて大好きだった、と記憶している。

が、本当の「優しいお母さん」では無かったと思い出す。

 

あれは三浦和義ロス疑惑のときのこと。1982年、私がまだ幼稚園に入園する前だと記憶している。

 

午前8時台の幼児番組を見ていた私に「こんなのより、もっと面白いのがある」と言いながらチャンネルを変え、民放ワイドショーの三浦和義の報道を夢中で見る母。「怪しい、怪しい」と言いながら。

 

私は大層退屈した。サングラスの男性やら眉をひそめて大袈裟な口調で喋るリポーターやらは子供にとってちっとも面白くない。

暇を持て余した私は母に「縄跳びを買ってほしい」と言ってみた。母は出掛けたくない。テレビに夢中なのだ。母は私に100円を握らせ約2km離れた商店まで一人で買いに行くように言いつけた。

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田舎だったので2km先の商店まで民家もまばらで田畑が広がる。「2km」というのはさっきネットで昔住んでいた家と商店を調べて分かった。結構遠かったな…。

 

まさに「はじめてのおつかい」。スタッフもカメラも口裏合わせも無く、母がこっそり後ろからついてくるなどといったことも無く、入園前の幼児の危険極まるおつかい。

往路は泣きそうになりながら。商店では100円玉が縄跳び代に足りたことに安堵し、帰路では縄跳びを得た喜びと達成感で満ちながら。

 

母親としては最低な種類なのじゃないかな、と今なら思う。

 

そんな母を優しくて大好きと思っていた理由は。ここでタイトルの父登場。

酔っぱらって子供を怒鳴り散らすときにゴルフクラブを振り回していた。

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照明が割れたり、壁に穴が開いたり。父が在宅のときには恐怖で満ち満ちた我が家だった。ゴルフクラブのことを「叩き棒」と言っていた。タタキボウ、この語句を思い出しただけで今でも脈拍が上がる。

 

こんな父に比べれば母は「優しくて大好き」でも至極真っ当。